"A room without books is like a body without a soul." 紀元前、ローマの哲学者であるキケロは「本のない部屋は魂がない身体のようなもの」と言いました。たくさんの本を読んで知識をたくわえることの大切さは、何千年も前から当たり前のように言われていたことなんですね。とはいえついつい、買うだけ買って読まずに本棚に溜まっていくのが「積ん読(つんどく)」。読む時間がなくてなかなかページを開けません。ところで、たくさん本がある場所といえばそう、先生たちの研究室。研究室には膨大な量の本がありますが、先生たちはそれを全て読んでいるのでしょうか。また、たくさんの本を収集する意味や、本から何を学び取っているのか。甲南女子大学の2人の先生に聞いてみました。
1人目:信時哲郎先生
情報がどこでどう繋がるか
わからないからこそ、
本は所有し続けることがいい
やはり研究室はすごい数の本ですね。単刀直入にお聞きしますが、ここにある本の全てを先生は読んでいるんですか?
信時先生:うーん、読んでないですね(笑)。
読んでないんですか! 先生も「積ん読」をすると知って安心しました……(笑)。
信時先生:僕はけっこう研究のテーマが幅広くて、宮沢賢治から、鉄道、カフェ文化、漫画、サブカルチャーまでその時々で興味を持った話題を掘り下げているんですが、リアルタイムで研究をしている……つまり、現在、書いている論文の参考資料は基本的に家にあるんです。研究室にあるのは過去に研究をしていたテーマの本や、いまの研究には直接関係のない本が多いんです。家が本であふれかえっているので、その一部がここに流れ出してきた、という感じでしょうか。
研究に関係ない本もおいておく必要があるんですか?
信時先生:いまの時点で研究に関係のないものでも、いずれ必要な情報になるかもしれないじゃないですか。情報というのは、何がどこでどう繋がるかわからないんですよ。
歩けば棒にあたるように、
興味・関心は増えていく
いつか知識が必要になる時まで
「積ん読」も悪くない
何がどこでどう繋がるかわからない、というのはご自身の経験があってのことですか?
信時先生:僕は宮沢賢治の生涯や作品に関する研究を長年やっているんですが、ある時「宮沢賢治は鉄道オタクだったんじゃないか」という疑問がわいたんです。そんな疑問がわいたのも、子どもの頃に僕も鉄道が好きで、いろいろな知識があったからなんですよね。それで、またいろいろ資料を引っ張り出したり、新しく買い求めたり……。
宮沢賢治は鉄道オタク……?
信時先生:『銀河鉄道の夜』など、宮沢賢治の作品ってよく汽車が登場するんですが、ただそれだけじゃなく、賢治が詩を書いた日付や手紙を書いた日付を、当時の岩手県の鉄道開業日と並べてみたら、ものすごく関連が深い。明らかに生活圏内ではない区間の路線でも、開業したらすぐに乗りに行っている。1つや2つなら偶然かもしれないですが、7つ8つになると、これはガチではないか、と……。
そこから、鉄道に関する研究もはじめていったんですね。
信時先生:新しい研究のテーマが生まれると、以前買ったけど読んでなかった本が資料になったりするんですよね。「犬も歩けば棒に当たる」ではないですけど、興味のわいた題材や関心事というのは、棒に当たるみたいにして増えていきます。買ったまま置いている本の内容がいつか役立つ時もきます。だから「積ん読」もそんなに悪くないと思いますよ。
数年のタイムラグを経て、
積ん読の本が
答えを教えてくれることもある
本の中には読んでもイマイチ内容が入ってこず、動作として「読んだ」けれど、内容を理解できずにいる本もあったりして……。
信時先生:そういう本、ありますよね。僕もありますよ。でもそれはきっと、まだその本を理解できるタイミングじゃないからだと思うんです。
タイミング……ですか?
信時先生:僕の体験なんですが、夏目漱石の作品がずっと読めなかったんですよ。つまらなすぎて! 高校生の時には山岳部で山ばかり登って、大学生の時にはロードバイクで北海道に行ったり沖縄に行ったり。そんなことばかりしていると山道を進んでいるだけでも天気が予測できるようになったり、休憩ポイントの目測がついたりしてくるんですよね。もちろん本だって読んでましたけど。とにかく、そうやって頭や体をいろいろ使って経験値がついた上で改めて夏目漱石の本を開いたら、その頃に考えていたようなことが、みんなそこに書かれていてピックリしました。「僕がこれを理解できるようになるまで、本が待っててくれたんだ!」、そう思いましたね。
いい話〜!
信時先生:だから今読めなくても大丈夫です。読めるタイミングはきっと来ます。あなたのことを待っている本は必ずある。
恋をするように本に出会おう、
ひとつの本と深く関わろう
私も途中で放棄している本が多いんですが、いつか分かるタイミングがくるってことですね。
信時先生:あっ、でもね。待っている本に出会うためには、他のいろんな本を読んで読解力や読書の経験を増やしておくことが大事ですよ! 恋愛にも例えられるかもしれませんね。「いつかいい人が現れるはず」って何もせずに待っているより、ある程度、恋愛経験を積んだほうが運命の人に出会える確率は上がる。
た、確かに……。
信時先生:大事にしようと思える1冊に出会うためには、本をたくさん読んでほしいですね。読書が苦手な人はまず自分が読める本を読んでみて、次にその作者が面白いとシェアした本に挑戦するとか、繋がりから興味を広げていけばいいと思います。
そもそも経験がないと、何を基準に運命の人だって判断すればいいのかわからないですもんね。
信時先生:あと若いうちに、ドストエフスキーでも誰でもいいんですけど、ある程度長い本、まとまった思想の書かれた本を読んでいた方がいいと思うんですよね。いま世の中で「若者の活字離れ」なんて言いますけど、あれは嘘です。SNSやネットニュースとか、1日に目にする文字数は、今の若い人だってめちゃめちゃ多い。問題は、読むものの数が多過ぎるし、そのわりに掘り下げ方が浅いので、まるで活字を読んでいないかのように見えてしまう、ということだと思うんです。
ああ、確かに。Instagramのストーリーに書いてあるたくさんの投稿は読めても、ひとつの物語を読み切れない人は多い気がします。
信時先生:SNSのフォロワーが何千人もいるってことも大事かもしれませんが、深い話ができる友達が5人いるのと、どっちの方がいいのかって思うんですよね。やっぱり、長い小説とか分厚い本を読まなければ身につかないことってあると思うんです。学生のあいだに読める地力を身につけて、長大な作品に向き合う経験をしてほしいですね。
先生に聞いた3冊
Q1:研究室にある中で、人生のバイブルとなる本
Q2:研究室にある中で、専門分野でのイチオシの本
Q3:研究室にある中で、最近読んで面白かった本
A1(写真右):『宮沢賢治 透明な軌道の上から』/著:栗原敦/新宿書房
大学院生の頃から何度も読んでいる本です。派手さはないんですが、事実だけをきちんと書いていこうという本で、師匠的な存在というか、研究でちょっとつまづいた時とか「しっかりやりなさいよ」と励まされ、あるいは怒られているような気分で読んでいます。読み直すたびに発見があり、まだまだ「読み終えた」と言える気がしません。
A2(写真中央):『女子学研究』/編:女子学研究会
「女子はどうしてInstagramを撮るのか?」「女子会とはいったい飲み会とどう違うのか?」など、女性の趣味的、消費的行動やサブカルチャーをさまざまな分野の人が研究する、甲南女子大学を中心にした会です。僕も寄稿しています。冊子は甲南女子大学の図書館にありますし、PDFで検索すると出てきます。
女子学研究会:http://joshigaku.net/
A3(写真左):『韓国 行き過ぎた資本主義 「無限競争社会」の苦悩』/著:金敬哲/講談社現代新書
隣国の韓国は、日本とは比べ物にならないくらいの競争社会で、学歴や就職の違いによる格差が大きなものになっています。「近未来の日本の姿かもしれない」と帯にも書いていますが、自由のもと競うことが過熱していくとどうなるのか、最近読んで興味深い1冊でしたね。
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2人目:増田のぞみ先生
いま全部を読めなくても、
持っていればいい
紙媒体はいつなくなるか
わからないから
先生はマンガの研究をされているんですか?
増田先生:はい。マンガ文化をはじめとしたメディア文化、ポピュラーカルチャーと呼ばれる分野が専門で、そのなかでも少女マンガの研究を主におこなっています。少女マンガの歴史や表現の変遷、時代に応じた女性像の変化、どんなマンガ家の先生がどんな物語を書いていたのか……など、少女マンガをとりまくさまざまなテーマについて研究しています。
蔵書はどれくらいあるんでしょう?
増田先生:うーん、数えたことがないですね……。この「少女マンガ雑誌コレクション」は学科共有の資料でもあるんですが、ここだけでも本棚が15以上あって、4000冊近くになります。研究室にも雑誌、単行本、マンガ以外にも活字の書籍を含めて本棚が15はあるんじゃないでしょうか。正直、もう積み上げまくっているような状態で(笑)。
おお、かなりの積ん読を。
増田先生:SNSで話題になっていたり、学生や研究者仲間からオススメされた作品や本は買うようにしているんですけど、マンガはとくに点数が多くてついていくのが大変です。積ん読の山から、話題になったものを必死に後追いしているところですが、なかなか全部は読めないですね。
先生の中で、読めないけれど買う意味とはなんでしょうか?
増田先生:後からは手に入れられなくなる可能性があるからです。1970年代、「黄金時代」と呼ばれるほど、少女マンガの文化が注目され、花開いた時期があるんです。『ベルサイユのばら』とか『ポーの一族』とか……。
いまでも新装版が発売される名作ですね。作品名を知っている現役の学生さんも多いと思います。
増田先生:私は、黄金時代とそれ以降はもちろんですが、それ以前の「少女マンガ」が成立しはじめた頃の作品も研究しているんです。もう60年から70年ほど前の時代です。そういった、少女マンガの黎明期に広く読まれていた作品は、雑誌や単行本が現存しなくなってきています。
持ち主が捨ててしまったり、絶版になったりですね。
増田先生:特にマンガは読み捨ての文化で、資料としての価値が認知されてこなかったので、古本にも出回らないほど、容易に失われがちです。広く出回っているベストセラーを除いて、部数の少ないものなどは特に、紙媒体はいつなくなってしまうかわからないんです。これは現代も同じこと。だからこそ、いま全部を読めなくても、持っておくということに意味はあると思いますね。たとえすぐに読まなくても、興味のある分野の本は、きちんと手元に残しておくことが大事だと思います。
読書が苦手なら
マンガを読むのも大いにアリ
文字を追う訓練にもなり、
読書のウォームアップにも
とはいえ、先生たちのように「研究に使うかもしれないから積んでおく」ではなく、「読もうと思ったけど読むのが苦手で積んでおく」人もいると思うんですが、読書が苦手な人にはどんな読み方がいいと思いますか?
増田先生:それこそマンガを読むのもオススメですよ。日本や世界の歴史だけではなく、ウォルト・ディズニーやココ・シャネルなど20世紀に活躍した偉人の伝記などもマンガになっています。
情報を得られるのなら、活字だけにとらわれなくてもいいということですね。
増田先生:それに、マンガは作品ごとにいろんな人間関係を学べます。大ヒットした『鬼滅の刃』では、主要なキャラクターの母親が「弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務です」という言葉を残しています。人の生き方に影響を与えるような格言もたくさんありますから。「マンガばっかり読んで!」と怒る人もいますが、そこから学べることも多いです。
なるほど……!
増田先生:マンガを読むことで、文章を読み解く力の基礎を鍛えられます。どうしても活字が苦手な人はまずマンガ、次にライトノベルなど挿絵が豊富な小説にチャレンジする。それが読めたなら活字だけの小説や専門書へ……と、ストレスがないレベルで読書のハードルを順に上げていってはいかがでしょうか。
本は新しい世界に出会い、
新しい自分になっていくためのもの
先生にとって、本を読むことの魅力ってなんでしょうか?
増田先生:マンガを含む本はすべて、自分が知らなかった世界やものの考え方を教えてくれるものです。本を読むたびに情報が頭のなかに入って、いろんな引き出しが増えていきます。それはつまり、新しい自分になっていくということ。
「新しい自分になっていく」、素敵な言葉です!
増田先生:小さい頃から少女マンガが好きで、いま少女マンガの研究ができているのもたくさんの作品・著書に触れてきたからだと思います。そして、そこからまた、新しく研究したいテーマも増えました。最近は、宝塚歌劇にも関心を深めています。
増田先生:「タカラヅカ」は少女マンガの名作『ベルサイユのばら』が看板作品のひとつになっているなど、以前から研究してきた領域と重なる部分が多くて、研究が楽しいです。みなさんも、できる範囲から読書に触れて、新しい自分を見つけていってほしいなと思いますね。
先生に聞いた3冊
Q1:研究室にある中で、人生のバイブルとなる本
Q2:研究室にある中で、専門分野でのイチオシの本
Q3:研究室にある中で、最近読んで面白かった本
A1(写真右):『戦後少女マンガ史 』/著:米沢嘉博/ちくま文庫
70年代以前の少女マンガは、文学や少年マンガに比べて取るに足らないものだとされている風潮がありました。しかし、黎明期からの作品にも素晴らしい魅力があるんです。これは戦後の少女マンガについてはじめて詳しく書かれた「歴史書」。今でも、何度も読み返しています。
A2(写真中央):『「少女マンガを語る会」記録集』/監修:水野英子/編著:ヤマダトモコ・増田のぞみ・小西優里・想田四
恋愛を描くのはNGだったとか、原稿料はいくらだったとか、黎明期の少女マンガ業界に関する実情はほとんど記録がありません。それを当事者として残しておきたいと、水野英子先生の呼びかけに賛同したレジェンドマンガ家たちによる座談会をまとめた1冊で、私はこの編著に携わっています。売っている本ではないのですが、甲南女子大学の図書館で読むことができます。
「少女マンガを語る会」記録集:https://sites.google.com/view/reimeiki-katarukai
A3(写真左):『戦争は女の顔をしていない 1』/著:小梅けいと/原著:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ/監修:速水螺旋人/KADOKAWA
戦争といえば男性ばかりが戦地に行くイメージがありますが、ヨーロッパではそうではありませんでした。戦地へおもむき戦っていた女性たちの話をルポルタージュとしてまとめたノーベル文学賞作品のコミカライズです。当事者たちが淡々と語る戦争の重みがマンガを通して伝わってきます。
文学部 メディア表現学科についてはこちら(大学公式サイトへ)
増田のぞみ教授の教員詳細ページはこちら(大学公式サイトへ)
※記事に記されている所属・役職等は取材時のものです。既に転出・退職している教員、卒業している学生が掲載されている場合があります。
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