みなさんは普段、どんなふうに音楽を聴いていますか? 聴きたいレコードやCDを買って、プレイヤーにセットして……なんて人はおそらく少数で、ほとんどの人はスマホなどを使ってインターネットで聴いていませんか。
このように音楽の聴き方は、時代とともに大きく様変わりしています。それによって音楽との出会い方や音楽の幅の広げ方、さらには音楽を介したコミュニケーションのあり方までも変わりつつあるようです。
そこで今回は、音楽文化を研究している人間科学部文化社会学科の太田健二先生にインタビュー。レコードと音楽サブスクリプション(以下サブスク)という新旧の音楽メディアの対比をベースに、音楽をとりまく変化とその影響、これからの音楽の可能性についてお話を伺いました。
「フィジカル」から「ノンフィジカル」へ
変わりつつある音楽の聴き方
現在、音楽の聴き方にはさまざまな手段・方法がありますが、歴史的にどのような変遷をたどってきたのでしょうか?
太田先生:聴き方については、大きく3つの変化がありました。1つめは、今から150年ほど前の蓄音機の誕生ですね。トーマス・エジソンがフォノグラフ(蓄音機)を発明したことによって音楽の複製技術が確立され、それまで演奏が行われる現場で1度きりしか聴けなかったものが、何度でも繰り返し聴けるようになりました。
ただし、フォノグラフのレコードは今と違って円筒型だったのですが、1つの複製を作るのに時間がかかるため、大量生産したくてもできなかった。結果的に、流通したのは円盤型のレコードです。
太田先生:僕はよく阪神百貨店のイカ焼きにたとえるんですけど、円盤型のレコードは原盤さえ作っておけば、あとは材料を真ん中に挟んでプレスするだけで簡単に複製できます。それははまさに大量複製技術であり、20世紀初頭以降の音楽の大衆化、いわゆるポピュラー音楽の成立に大きく貢献したといわれています。
音楽がこれほど身近になったのは、レコード技術のおかげなんですね。いつでもどこでも聴けるって今では当たり前になっていますけど。
太田先生:その「どこでも」をさらに拡張させたのが、オーディオプレイヤーの小型化です。これが2つめの変化。1979年にソニーが発売した「ウォークマン」で、当時すでに記録媒体として普及していたカセットテープのプレイヤーを手軽に持ち運べるサイズに作り替え、ヘッドホン越しに音楽を聴くという新しいスタイルを実現しました。ちょうど松田聖子をはじめとするアイドルの黄金期と重なって、自分の好きなアイドルが耳元で歌ってくれているような感覚はアイドルファンを作り出したとも言えます。
では、プレイヤーの小型化に続く第3の変化とは?
太田先生:3つめは、音楽のデジタル化です。1990年代後半からMP3やAACといったデジタルオーディオファイルの汎用化が急速に進みました。それによって音楽がこう変わったと結論づけるのは時期尚早だと思いますが、1つ確かなのは音楽の聴き方として「所有」が必然ではなくなった点です。つまり、レコードやCDといったモノがなくても、音楽が聴けるようになった。音楽の聴き方は今、「フィジカル(物質的)」から「ノンフィジカル」へと転換していると言い換えてもよいでしょう。
サブスクはコミュニケーションの
あり方までも変えている
確かに、レコードやCDを買わずにSpotifyなどのサブスク(※)で音楽を聴く人が増えているのを実感します。手軽さや便利さに目が向きがちですが、マイナス面もあったりするのでしょうか?
※ 商品やサービス、コンテンツを所有・購入するのではなく、一定期間利用できる権利に対して月単位や年単位で定期的に料金を支払うビジネスモデル。
太田先生:サブスクは、まさに水のようにタダ同然に音楽を聴き流すことができるシステムです。たとえば、曲のさわりだけを聴いて次から次に飛び移るようなタイムパフォーマンス重視の聴き方は、サブスクの影響もあって1つ1つの曲にお金を払っている感覚が薄れているからではないかと。音楽を自分で所有している感覚はなくなりつつあるのかもしれません。
先生はレコードまたはCDを所有する派ですか?
太田先生:普段音楽を聴くときはもっぱらサブスクです(笑)。DJ活動歴が長いのでレコードやCDを1,000枚以上コレクションしていますが、使うための道具に近い感覚ですね。
今おっしゃった「何枚持っている」の感覚がサブスクにはないですよね。
太田先生:そういう意味では、音楽を介したコミュニケーションのあり方も変わってきているように思います。所有して聴くことが当たり前だった頃は、友達同士でレコードの貸し借りをしたり、誰かに聴かせるために「My Best」なんていうお気に入りの曲を集めたテープを作ったりして関係性を深めていたものですが、サブスクの場合、そういうシチュエーションが生まれにくいですよね。自作のプレイリストを公開したり、共有したりする人はそんなにいないのでは。リアルな関係性を築くうえで、音楽はそれほど重要ではなくなっているのかなと思ったりします。
TikTokで流行っている曲やダンスで友達同士盛り上がるというのはまた違うんでしょうか?
太田先生:TikTokは音楽と相性のよいコミュニケーションのプラットフォームですよね。レコードやサブスクなどの音楽メディアとは少し性質が違うので対比は難しいのですが、先ほど言ったように、サビをサクサク楽しめるところが今の若者に刺さっているのではないでしょうか。
実際、TikTokでバズったのをきっかけにメジャーになったアーティストや再評価された作品などもあって、音楽のトレンドが生まれているのも事実です。また「踊ってみた」がきっかけで関係性が広がる可能性も無視できません。
でも実はAIのレコメンドシステムが嗜好や流行を作っているんじゃないの?という指摘もあって。音楽や映画などの配信サービスにも言えることですが、その人が好きそうなものがどんどん流れてきて、なんとなく聴かされて、“いいね”と思わされている可能性がなきにしもあらずです。
若い世代を中心に、音楽の聴き方が受動的になっているんですね。
太田先生:瞬間的なバズがAIのレコメンドシステムで生じるから、みんなが受動的かというとそうでもないんです。学生に話を聞くと、推しのアイドルのコンサートに行ったとか、CDを欠かさず買っていると言っていて、能動的に推し活している子も結構います。だから今の若い世代は、音楽にお金を払っている感覚が薄い反面、推しの人やグループを応援している感覚は強く持っているんだろうなと。
アナログレコードブームの今、
若者のなかに所有欲が
芽生えている⁉️
かたやアナログレコード人気が高まっているそうですが、なぜだと思いますか?
太田先生:よくいわれているのは、社会の加速化に対する逆行現象であるとの見方。テクノロジーの進化によって人間社会があらゆる面で加速していて、音楽も手軽に、かつ効率的に消費されています。そうしたなかで、今の若い人たちが加速化に逆行するような音楽メディア、つまり音楽を聴くために手間のかかるアナログレコードに新しさを感じているのではないかと考えられています。が、僕はあまり納得できないんですよね。
えっ、そうなんですか⁉︎ 先生の見解をぜひ聞かせてください。
太田先生:実際には、アナログレコードで音楽を聴いてないんですよね。先に説明したとおり、サブスクなどで音楽を聴くことが一般的になり、自分のものとして音楽を所有している感覚が薄れている。そんななかで、自分の好きな音楽を所有している実感を得るために、レコードのようなフィジカルなメディアが再注目されているのではないかと。普段聴くのはサブスクだけれど、これだけは持っていたい、飾っておきたいという欲望の高まりがレコードブームとして現れているのではないかと考えています。
なるほど。いずれにしても今後、さらなるレコードブームが到来するかもしれませんね。「所有」だけじゃないレコードの楽しみ方を教えていただけますか?
太田先生:まず使ってみるために、プレイヤーを手に入れることですよね。これはオーディオテクニカが近年復刻発売した「サウンドバーガー」というポータブルレコードプレイヤーなんですけど、場所を取らないし、Bluetoothでスピーカーやイヤホンとつなぐこともできるので便利ですよ。
太田先生:プレイヤーを手に入れたら、針を落として再生したり、再生中に止めてみたり、逆回転させてみたり、アナログレコードならではの“味”を楽しんでみてほしいです。もしハマったらレコード店で“ディグる(※)”のに挑戦してみるのもいいと思います。たとえば中身を聴かずに良さげなジャケットやレーベルのレコードを直感的に選ぶなど。ちょっとリスキーな買い方ですが、それもまた楽しみ方の1つです。
※ たくさんのレコードのなかからピンとくるものを探し出すこと。英語のdig(掘る)からきている。
音楽を能動的に聴くことで
楽しみはもっと深まる
そういえば最近、先生の世代が親しんだ昭和のシティポップがYouTubeなどで再注目され、リバイバル現象も起きているようで。
太田先生:竹内まりや「プラスティック・ラブ」や松原みき「真夜中のドア〜Stay With Me」とかですね。シティポップ(※1)のリバイバルもそうですが、最近のハイパーポップ(※2)もSpotifyのプレイリストから定義されたといわれるように、やっぱりネットプラットフォーム発信。かつてパンク・ロックがニューヨークやロンドンを拠点に広がったときのような、新たな音楽シーンを象徴するリアルな場所は存在しないんですよね。
※1 狭義には1970年代後半から80年代かけて流行した洋楽志向の都会的で洗練された音楽で、近年では、同時代のアイドル・歌謡曲や、その音楽に影響を受けたより後の楽曲までも含む広い音楽を指すようになっている。
※2 おもに電子音楽やヒップホップなどを主軸としつつ、それを誇張するかのようなスピード感や音圧、キラキラとしたメロディなどを取り入れているイメージの音楽を指す。ポップ・ミュージックを超越したかのような独特のサウンドからその名が付いた。
サブスクで音楽を聴くうえでの注意点といいますか、こういう聴き方をしたほうがいいといったアドバイスがあればお願いします。
太田先生:サブスクって年代順に曲が並んでいるわけではなく、基本的に全部並列なので、どれが古いか新しいか、オリジナルかコピーかの判断がつきにくいんですよね。極端な話、ビートルズと、ビートルズに強い影響を受けた奥田民生を聴き比べたときに奥田民生がオリジナルだと思い込んでしまう可能性だってあります。サブスクでは、つい受け身でレコメンドされた音楽を聴いてしまいがちですが、よく似たテイストの曲が並んでいたらそれぞれの発表年代をチェックしてみるなど、能動的に聴くことで楽しみも深まるのではないでしょうか。
軽く聴き流すのではなく、気になる曲に出会ったらルーツを探る。いい考えですね。
太田先生:まぁ、オリジナルを絶対視するような既存の価値基準が邪魔している新しいクリエイティビティがあるのかもしれないし、そこを乗り越えて新しい音楽表現が出てくるのなら、それはそれで面白いなと思っています。
もしかすると、今世紀中に革新的な音楽が誕生するかもしれませんね。本日は示唆に富んだお話をありがとうございました。
人間科学部 文化社会学科についてはこちら(大学公式サイトへ)
太田健二准教授の教員詳細ページはこちら(大学公式サイトへ)
※記事に記されている所属・役職等は取材時のものです。既に転出・退職している教員、卒業している学生が掲載されている場合があります。
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