どこかキュンとくるような懐かしさ、もう手に入らない過去を覗き見るような喪失感。エモい写真を見たときに生まれる、あの感情。令和の時代にあえて、エモさを求めてアナログカメラを手にしたり、スマホカメラでもあえてレトロに写るアプリを入れていたり。今の若者の共通言語として定着している「エモい」って、一体なんでしょうか? 甲南女子大学の2人の先生にお話を聞きながら、写真の分野における「エモい」を考えてみました。
一回性があってノスタルジックな
「エモい写真」
「エモい」という言葉を、ここ最近は写真に対してもよく耳にする気がします。エモい写真が撮れるから、今あえて「写ルンです」や「チェキ」を使用している大学生も多いとか……。
馬場先生:「エモい」という言葉自体は、もともと音楽の場から広がりはじめた言葉でした。古いもので10年以上前からチラホラ散見されましたが、2016年に三省堂の国語辞典に「感情が揺さぶられた時の気持ちを表す表現」として収録されます。広がりを見せたのは2019年くらいからですかね。日経エンタテインメントで「エモいアイドル」を紹介する特集なんかが何回も組まれだしましたから。「乃木坂」や「Bish」、「悲撃のヒロイン症候群」など……。
音楽がルーツだったんですね。
馬場先生:そうした「エモいアイドル」達は、メディアアイドルとは違ってライブが魅力だったんです。リアルタイムで、一時性・瞬間性の連続のなかで披露されるパフォーマンスに「エモさ」を客は見出した。この瞬間の一回性っていうのは、写真で今語られている「エモい」によく通じるような気がします。
一回性がある写真ってことですか?
馬場先生:そう、一回性があってノスタルジックなもの。「二度と戻らない過ぎ去った時間」という概念が重要です。たとえば写真の技法に、周辺の光量を落として、中心に映る被写体への注目度を上げる「トンネル効果」というものがあるんですけど。光量が落ちているものやぼやけた像というのは記憶や過去のメタファー(隠喩)になっている。
ちょっと劣化感があるというか、そこが「時の流れ」を想起させてエモさを感じる……?
馬場先生:当時にはまだ「トンネル効果」なんて言葉は普及していませんでしたが、1984年にロシアで生まれた安価なコンパクトカメラの「LOMO」なんかは、そういう写りが顕著でしたね。これが90年代になると当時の若者に「刺さって」人気がでた。
水野先生:「エモい」という言葉はまだ生まれていなかったにしろ、当時の若者はLOMOはにエモさを感じていたってことなんでしょうね。
馬場先生:そういう、新しく生まれた価値観が事例を遡ることはけっこうあります。1950〜60年代に活躍したニューヨークの写真家であるソール・ライターが今人気ですけど、作品を見て「エモい」っていう人が多いんですよね。
時代的にはかなり前ですね。
馬場先生:ソール・ライターは、ニューヨークでずっと暮らしていました。自分が生きている街の風景を隠し撮りしたような作品が印象的ですね。何気ない街の様子を瞬間的に切り取ったカットに若い人は「エモさ」を感じるのかもしれませんが、実は瞬間的に見えて色もアングルも構図もかなり計算されて撮られています。けれど多くの人がそこにエモさを感じるのは、圧倒的な美しさがあるからだと思います。
写真に詳しくない人が見ても「なんかいい!」って思う説得力があるんでしょうね。
馬場先生:そうですね。ソール・ライターのような写真を撮るにはどうすればいいかって、構図や光を学ぶ授業を、僕のゼミでも実践してみたことがあります。
「エモい」は感嘆を表す
コミュニケーションのための言葉
とはいえ「エモい」って便利な言葉ですよね。いろんな意味を内包しているというか。
水野先生:「エモい」は定義できないんじゃないですかね(笑)。山梨中央銀行が2020年、エモいとはなにかを解説する記事(https://www.yamanashibank.co.jp/fuji_note/culture/emoi_imi.html)を書いていたんですが、「エモい」のなかには「感情的」「哀愁がある」「物悲しい」など、さまざまな言葉が内包されているとしています。
何にでも使えますね(笑)。
水野先生:僕たちの時代だと「エモい」よりも「ヤバい」を使っていたかもしれません。ただ、そこには違いがひょっとしたらあるかもしれなくて。過去に関わった学生が卒業制作の中で「ヤバいは驚愕を、エモいは感嘆を表している」と書いていましたね。
確かに「値段が安くてびっくり」とか「ものすごくおいしい」なんて時に「エモい」とは使わないですよね。新進気鋭の奇をてらったラーメンよりも、何十年と変わらない昔ながらのラーメンを夜中に食べる方が「エモい」気はします。なるほど、感嘆か……。
水野先生:これもゼミ生が書いたことですが、複数の詠嘆を内包して、「齟齬のない意思疎通ができる」コミュニケーションのための表現かもしれませんね。
カメラの簡素化によって
写真がコミュニケーションツールに
写真で「エモさ」が表現できるようになった背景には、機械の普及もおおいに関係していると思うんですが。
馬場先生:そうですね。もともとカメラというのはものすごく大きなもので、本当に初期の銀盤写真などは、像を焼き付けるのに十数分くらい身体を固定しておかなければいけないなど、気軽に撮れるものではなかった。時代が進むにつれ小型化してきましたが、スタジオでしか撮れないなど制約もあった。カメラが今の形状に近いほどコンパクトになったのは戦後になってからです。カメラの小型化・低価格化に伴って、専門家でなくても自分で撮れるようになってきた。
カメラが日常に降りてきたんですね。
馬場先生:80年代になってカメラのオートフォーカスが普及します。コンパクトカメラに、自動でピントや露出を合わせてくれるプログラムが入るようになった。商品象徴的なのはコニカの「BiGmini」ですね。
「BiGmini」?
馬場先生:BiGminiはフィルムカメラなんですが、シャッターしか押すところしかないんです。とにかく全自動。それまでのカメラって、絞りがどうだとか、シャッタースピードがどうだとか、メカニカルなものだった。押せば撮れるというのはものすごく画期的だったんです。
誰でも簡単に撮れるようになると、それだけユーザー人口も増えますよね。
馬場先生:写真とはいわゆるルポルタージュ(現地報告・現地報道)的なものであって、カメラに対するメカニカルな知識だったり、アングルや光を勉強していないといけなかったり、厳しい師弟関係のなかで技術を勉強しなければいけないなど「堅い」世界だったんですね。しかし、気軽に撮れるカメラの普及で、若い女性たちが既成の概念を打破する写真を撮りはじめた。
ほうほう。
馬場先生:新しく登場した若い女性写真家たちが撮った写真は、見上げた空だとか、雑踏の街だとか、友達だとか。報道とか広告のためではなく、撮った人のその瞬間の感情を切り取るものでした。体制に揉まれて研鑽を積むのが写真界のセオリーだったのが、写真は教えてもらうものじゃない、わたしを取り巻く人間の関係、その気分を記録していくことも写真表現なんだという認識がうまれました。
確かに、今までの写真業界にはなかった概念ですよね。そもそも高価で現像も手間だし、何度も気軽にパシャパシャ撮れないものでしたもんね。
馬場先生:会話するように自分たちを取り巻く小さな世界を、ブレや白飛びなども含めて表現する。そういう表現をおこなう若い女性写真家が世に出てきて、ある意味、社会現象のようになったこともあります。これが「インスタ映え」にも繋がっていきます。
それだけ、コンパクトカメラが写真業界に起こした影響って大きかったってことですね。
二度と帰らない一瞬を
アナログで記録するワケ
今Instagramやさまざまなカメラアプリがあるにも関わらず、写ルンですやチェキなど、フィルムカメラが人気です。若い世代にリバイバルが起きているのはなぜなんでしょう?
馬場先生:一回性やノスタルジックなものを「エモい」とするっていうお話をさっきしましたけど、撮る本人や撮られる対象自体がもうエモいんですよ。若さって「エモい」ものなんです。
若さってエモい……!?
馬場先生:若い時間は二度と戻らなくて、その一回性を本人達もよくわかっている。だからこそ、その瞬間を「記憶」したいんじゃないでしょうか。モノよりも思い出が大切。コト消費といいますか。だから写真をアナログで撮ることに意味があるんです。
その経験が大事なんですね。不便さが伴いますけど、それはむしろポジティブな体験なのか……。
水野先生:そもそも今の若い世代に、アナログカメラは不便なんて意識はないかもしれないなあ。
そうなんですか?
水野先生:今人気のカメラアプリで「ディスポ」という使い捨てカメラの機能を模したものがあるんです。ダイアルを巻き上げないとシャッターが押せなかったり、現像(この場合カメラロールに記録すること)できるのは1日〜数日かかるなどタイムラグがある。僕たちはアナログカメラからスマホのカメラへと移行した世代なので懐かしいとか、不便だとか感じますが、今の若い世代は馴染みがないぶん新鮮です。
なるほど、不便さを楽しむという言葉は、元来の不便さを知っている立場の言葉ってことなんですね。
水野先生:今ディスポを使っている学生は、デフォルトのカメラアプリも使っていると思いますよ。アプリによる現像のタイムラグの使い分けもエンタメのひとつになるほどに、撮影してすぐに画像を確認できることが当たり前になっているんだと思います。
馬場先生:僕の写真ゼミでもアナログでやりたいっていう学生は多いですね。フィルムカメラを中古で買ったり、チェキを使ったりしています。
制服、校舎、部活……
エモいのこの概念は日本特有?
ちなみに「エモい」という単語がど真ん中の世代でなくても、いわゆる「エモい写真」に関しては郷愁感やノスタルジックさ、懐かしさがないまぜになった感情を覚えます。海外発のInstagramにも、なんだかエモいフィルターはあったりしますよね。「エモい」って、世界共通の感情なんでしょうか?
水野先生:うーん。「emotional」という言葉で表現するクリエイティブは世界各国にあると思うんですけど、「エモい」は日本特有の共通言語なんじゃないのかなと思いますね。これは決してネガティブな意味ではないことは強調しますけど、奥山由之さんや葵さんなど、今学生にも人気の写真家の方々は海外ではどんな評価をされるのかなって興味はあります。
馬場先生:制服姿の女子高生とか、校舎とか、部活とか。扱う題材は日本特有だよね。すごくローカル性があるなあって思います。そうした空間や時間は、限定的で、反復不可能な経験なんです。
ポカリスエットのCMなんてもろにそうですね。
水野先生:すごく日本的な文脈ですよね。それはそれで素晴らしいと思います。だからこそ、この「エモい」って言葉を中心にして、今の10代20代の感覚をもっと因数分解できるんじゃないかと思いますね。
私たちが共通言語としてもっているノスタルジックさとはなんなのか「エモい」というキーワードを中心にもっと探っていけたら面白そうです。今までフワッとしかエモいを理解していなかったんですが、具体的な要素で「エモい」を理解できた気がします。
水野先生:まあ、そうやって理解しようと要素を探っている時点で、エモくないんですけどね……(笑)。僕たちよりもずっと、10代20代の方が写真や映像を見る頻度は圧倒的に多い。「エモい」表現のなかに、どんな価値観や美意識があるのか、今の若者から学ぶことは多いですね。
水野先生が担当した甲南女子学園100周年ブランディングWebサイトはこちら(特設サイトへ)
文学部 メディア表現学科についてはこちら(大学公式サイトへ)
※記事に記されている所属・役職等は取材時のものです。既に転出・退職している教員、卒業している学生が掲載されている場合があります。
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