2020年には小学校、2021年には中学校、そして2022年には高校での学習必修化がスタートするなど、注目を浴びているプログラミング。けれどまだ「自分でプログラミングをやってみる」のは、敷居が高いと感じる人も多いのではないでしょうか。そこで、文学部メディア表現学科の講師であり、メディアアートやデジタルファブリケーションを専門とする高尾俊介先生と、学科の学生たちに「プログラミングってなに?」というところからお聞きしました。高尾先生たちが研究している“表現としてのプログラミング”には、気軽で自由な、なんでもありの世界が広がっているようで……!
プログラミングは、
料理のように日常的で気軽なもの
近年、コンピュータは人々の暮らしの中で身近になったものの、プログラミングについてはまだ“コンピュータに関係するもの”というイメージしか持っていない人も多いように思います。そもそも「プログラミング」とは何なのでしょう?
高尾先生:プログラミングとは、コンピュータに実行してほしい作業を「プログラム」として順番に記載していくことです。僕はよく料理にたとえますね。レシピに食材や手順の説明が順序立てて書いてあって、その通りに進めていくとおいしい餃子だったり、煮物だったりが作れる。プログラミングもやっていることは同じで、たとえば丸を画面において、プログラムで指示を足すと、その丸を回転させたりうねうね動かせる。そういう指示の組み合わせで、手元のスマホや、便利なアプリ、Webページ……世の中の本当にありとあらゆるものが動いています。
意識せずとも、私たちは日頃からプログラミングと関わって生活しているんですね。
高尾先生:正直プログラミングを知らなくても恩恵を受けて生活することはできます。ただ、プログラミングでどんな風にものが動き、どう書き換えると変わるのか、それを自分で体験する重要度はここ20年ほどで高まったように思いますね。
先生が研究しているプログラミングはどういったものですか?
高尾先生:プログラミングって二方向に分かれていると思っていて。一般的にイメージされているのは、役に立つとか便利とか、社会の仕組みをより良くする力を持つものですよね。ただ、僕はそれとは違う側面の、表現的なプログラミングを研究していて。自分が感じたことを文章にしたり、絵に描いたり、音楽や映像にしたり、いろんな表現の仕方がありますよね。その中にプログラミングで表現するという方法がある。
なるほど。プログラミングのコードを書くことも、表現する媒体の一つであると。
高尾先生:なので、趣味でギターを弾くように、日常にプログラミングを取り入れてほしいですね。料理家の土井善晴さんの考え方がすごく近いなと思っているんです。対象が料理なのかプログラミングなのかの違いだけで。
土井さんは「家庭料理は一汁一菜で良い」という提案をされていますよね。気張らない料理への向き合い方というか。
高尾先生:プログラミングって敷居が高く感じるかもしれないですが、フランス料理とか格式張ったものではなく、家庭料理だと思えばいいんです。意義とか社会貢献とか関係なく、たとえば「かっこいい見た目のものが作りたいな」でいい。
料理でいうと、具材を足してちょっぴりアレンジしてみようかな〜とか、そんな感覚ですかね。たしかになんだか、これなら自分でもできそうな気がします。
高尾先生:そうですそうです。そもそも僕自身も、こういう趣味みたいなものを作っていたらたまたま評価されて……みたいな偶然の連続によって、いつのまにかこの立場にいる感じなので(笑)。
高尾先生がプログラミングをはじめるようになったきっかけはあるんですか?
高尾先生:元々、会社勤めでWebデザインをしていました。けれど“いかに早く効率的に良いものをつくるか”というのが向いてなくて、プログラミングにも苦手意識がありました。それで趣味として表現の道具としてのプログラミングをやりはじめたのが2015年。落書きみたいな感覚でやってたことが評価をいただいている今の状況は、とても不思議だなと思います。
可能性を感じさせますね。大学ではどのような授業をされるんですか?
高尾先生:たとえば『TouchDesigner』という、プロジェクションマッピングやメディアアートなどで使えるプログラミングツールを使った授業があります。
高尾先生:ブロックが一つのプログラムのようになっていて、それを使って画像を変化させていくんです。Webカメラの映像を使ったり、自分が取り込んだ画像に効果をつけたりと、直感的に動かして作品をつくることが可能です。
とても実験的な作業ですね。
高尾先生:もちろん作り込もうとすれば難しくはなるんですけど、なんとなくマウス操作でカチカチしていたらできていくLEGOのような楽しさがあって。実際にこういったものを活かして、チームラボ(※)やライゾマティクス(※)がやっているようなメディアアートができるんです。
(※)チームラボ:
プロジェクションマッピングやデジタルサイネージ(電子看板)など、デジタル技術を駆使した「デジタルアート」の分野で世界規模で作品を発表し、活躍しているクリエイティブ集団。
(※)ライゾマティクス:
メディアアート・広告・エンターテインメント・建築・都市開発まで、様々な領域で人間とテクノロジーの関係を探求しながら活動しているクリエイティブ集団。
プログラミングというと理系のイメージがありましたが、実際に見せていただくと、もっと自由でいろんな可能性を秘めているものなんだとわかりますね。
コンピュータを道具に、
自分なりの表現を模索する
ここからは学生のおふたりにお話を聞ければと思います。まず、岡野さんはどのような研究をされているのですか?
岡野さん:Live2D(※)という、イラストを立体化してアニメーションのように動かす、モデリングに近いことをやっています。たとえばアルバイト先の団体の広報活動やイベントで、キャラクターを動かしたいという要望があって、それをLive2Dで制作したりしています。
(※)Live2D:
Live2D社が開発した、イラストを立体的に動かす技術。3Dとは違い、動かしたいキャラクターの原画をそのまま素材として使うため、作品のイメージを壊すことなく動かすことができるのが特徴。
既存のイラストを人のように動かすことができるということでしょうか?
岡野さん:はい、専用の動かせるアバターをつくるようなイメージですね。個人単位で制作できるので、たとえばVTuberの配信用にモデルを探されてる人に向けて、Live2Dで作られたものが販売されていて、中には数十万円で取引されているものもあります。
すごい世界ですね。岡野さんはいつからLive2Dの制作をはじめたんですか?
岡野さん:高校生からですね。当時Live2Dを用いた目覚ましアプリが実験的にローンチされたんですが、「こんなことができるんだ!」と驚いて。フリー版があることを知って、自分でもできるかなと独学で始めました。当時は勉強するための教材がなくて、まさに手探りでした。今はLive2D社という大元の会社がYouTubeで講座を開いているので、かなり勉強しやすくなりました。
それだけ、作りたいユーザーが増えているということですね。
高尾先生:“Live2Dで制作したものを売る”という職業が生まれているのがすごいですよね。趣味みたいなものから出発して、唯一無二の技術として価値が生まれていく。
岡野さん:実際 “Live2Dモデラー“として、Vtuberの会社で働いている方もいます。髪のなびかせ方を研究している人もいれば、キャラクターの特徴や“らしさ”を、身体の動きや手の所作で緻密に表現する方もいたり、作り手の個性が出てくるところも面白くて。買う側も「かわいらしさを押し出したいので、このLive2Dモデラーさんにお願いしたい」というような選択が出てきます。Live2Dを作っている年齢もどんどん下がってきていて、2021年のアワードでは高校生の子が一般部門で賞を取ったりしています。
小南さんは、どのような研究をされているのですか?
小南さん:私は高尾先生と同じように、「p5.js」というツールを使ってweb上でクリエイティブコーディングの作品制作、発信を行っています。
クリエイティブコーディングをはじめたきっかけはなんですか?
小南さん:高校生の時にプログラミングに興味をもち、別の大学の情報学部に行ったんですが、そこでデジタルアートを作ることができる「Processing」というプログラミング言語に出会いました。表現としてのプログラミングを本格的に学びたいと思った時に高尾先生の存在を知り、甲南女子大学に入り直しました。
元々興味があった分野なんですか?
小南さん:昔から文章を書くのが好きだったり、ギターをやっていたり、写真も好きだったりと、表現をするのが好きで、その幅を広げたいなと思ったのはありますね。
高尾先生:自分の撮った写真を混ぜて、作品にしているものもあったよね? 写真に穴をあけて、その下のレイヤーにコーディングで描いた作品を敷いたりとか。
小南さん:ありますね。他にも、自分の書いた文章やイラストを使った作品も作ったことがあります。
本当に、絵を描いたり写真を撮ったりするのと同じような感覚なんですね。数学的要素があまりないというか。
高尾先生:計算はコンピュータがやってくれるので、実は数学的知識はそんなにいらないんです。複雑でもないし、特別な表現と呼べるものでもないけれど、やっていると楽しいし、ちょっとしたことで“自分なりの表現”を入れることもできます。どこまで広がるかが未知数なところも、魅力の一つですね。
高尾先生のゼミでは学生さんごとに、やることは違うんですか?
高尾先生:コンピュータを用いるという点で共通なだけで、3DCG、プログラミング、イラストなど、各々の興味を深掘りしていく形になります。お互いの進捗を報告して意見を出し合うので、それぞれが影響しあっていて、僕自身も学生からインスピレーションを受けています。
(※)NFTアート:
ブロックチェーンという暗号資産などの基本技術を使い、コピー不可能で唯一性があるという特徴を持ったアート。所有者や真証性を証明することができ、デジタル資産として注目されている。
プログラミングで遊び、
ゆるやかに世界とつながる
プログラミングをやってみたいと思ったら、なにからはじめるのが良いと思いますか?
小南さん:私は気になったものをTwitterで検索してみるのが良いかなと思います。私自身、本で勉強するよりかはTwitterで流れてくる情報の方が勉強になったなと思っていて。同じような境遇ではじめた人の「こういうツールもあるよ」「こうやったらうまくいったよ」みたいなリアルな声が聞けて、「自分もやってみよう」というきっかけになりやすいと思います。
岡野さんは、Live2Dをやってみたい人はなにからはじめれば良いと思いますか?
岡野さん:関係する本は一通りすべて読んでいるんですが、それを踏まえても先程お話したLive2D社さんが配信されている『Live2D JUKU』が一番分かりやすいかなと思います。実際作られている方の知見が詰まっていますし、ダイジェストもあるのでざっくり見ることもできます。
高尾先生:導入のしやすさは大事ですよね。Instagramでも「#クリエイティブコーディング」で皆が作品を出していたりして、とっつきやすいと思います。あとは2019年にTwitterで“#dailycoding”というのを僕がはじめたんです。毎日プログラミングで作ったものを投稿するという活動なんですが、いろんな人がこのキーワードで実践してくれていて、その輪が広がっています。ほかにも、これはコーディングチャレンジっていう企画で。
高尾先生:プログラミングのコミュニティがあって、そこで毎日決まったお題に沿ってプログラミングを投稿していくんです。それぞれの“らしさ”がみえておもしろいんですよ。
みんなでコードを使って遊ぶかのような、ライトな雰囲気ですね。プログラミングをみんなでワイワイというのは、新鮮に感じます。
高尾先生:そもそもプログラミングに限らず、何かつくることの良さって、それをきっかけに人と対話できることだと思うんです。誰かに見せて気づきを得て、また表現の幅を豊かにしていく。そうやってコミュニティが生まれてゆるやかにつながっていくのが楽しいし、自分がそこに関わっていくことにやりがいを感じています。
作品を起点にして、放射状にいろんなことが広がっていくわけですね。
高尾先生:機械学習やAIで技術革新が起こって。 それは世の中を便利にするための一つの大きなベクトルとして、いまも走り続けています。ただ、世の中の役に立たなくても、生きていくことと関係ないような趣味的なものでも、作っていると、いつかはそれで生計を立てていけるなんてことも起こりうるようになってきている。
Live2Dの話は、まさにそうですね。
高尾先生:さきほど紹介したNFTアートもそうですが、デジタルデータに対してお金を払う時代になりつつある。学生の人たちも、各々が自分の表現したいやり方で何かを作って、それを仕事にできたらすばらしいなと。コンピュータを表現の道具として扱うことは、そういう夢がある、未来に期待が持てる分野だと思っています。
文学部 メディア表現学科についてはこちら(大学公式サイトへ)
高尾俊介講師の教員詳細ページはこちら(大学公式サイトへ)
※記事に記されている所属・役職等は取材時のものです。既に転出・退職している教員、卒業している学生が掲載されている場合があります。
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