2022年末に発表された「ユーキャン新語・流行語大賞」でトップ10入りを果たした「知らんけど」をはじめ、今関西弁が全国区で注目を集めています。なんでも、関西地方以外の若者のあいだでも関西弁が使われているのだとか。
そこで今回は、関西弁が流行っている理由について、文学部日本語日本文化学科の酒井雅史先生にお話を伺いました。酒井先生のお話は、関西地方内の関西弁の違いから方言の魅力まで、盛りだくさんの内容。ぜひ、方言のおもしろさを再発見してみてください!
東京と関西では、
「知らんけど」の使われ方が違う!?
今、「知らんけど」という言葉が、若い世代のあいだでよく使われていると言われています。方言を研究する酒井先生は、この現象をどのように捉えていますか?
酒井先生:「知らんけど」が若い世代の人たちを中心に最近使われるようになったというのは、個人的には東京を中心とした現象だと思っています。また、僕は神戸出身なんですが、関西以外での「知らんけど」の今の使われ方は、関西人と全く同じ使い方をしているわけではない、というのが個人的な感想です。
同じ言葉なのに、使われ方が違うんですか?
酒井先生:「知らんけど」は、関西では世代を問わずずっと使われてきた言い回しですが、関西人の場合「知らんけど」を使うときは、だいたいふたつの理由に分けられると思うんですね。ひとつは、自分の情報のリソースに確信がなく、責任が持てないときに使われる。これは今、関西以外でも取り入れられている使われ方だと思います。ただ、関西ではもうひとつ、軽快なコミュニケーションを取る中で、ちょっと冗談めかすというか、ある種の「ボケ」のような感じで「知らんけど」と最後につける。
関西人は「知らんけど」をボケの意味でも使っている、と。
酒井先生:話の内容の確信度とは関係なく、なんかこう自然と最後につけてしまうというんでしょうか。「知らんけど」って言ったら、「知らんのかい」というツッコミが入るような、普段のボケとツッコミの会話の中で使われているというイメージです。
なるほど。関西人には腑に落ちる話ですね。では、今流行しているのは、情報の確信が持てないからそれを回避するかたちの使われ方なんですね。
酒井先生:関西弁にすることで、言葉を少しライトにする感覚もあるのかもしれませんね。関西弁で表現すると「ちょける」と言いましょうか。おどけるというか、情報伝達をする上でそこまで深刻味を持たせない感じがしますよね。
あらためて考えると、「ちょける」も独特な関西弁ですね(笑)。
酒井先生:東京の人が方言を使うのを見ていると、関西の人間としては「ちょけとるなあ」という印象を受けることがあります(笑)。
「知らんけど」のように、若い人たちが自分たちのものではない方言を取り入れ、会話を楽しむために方言を使っているという現象について、日本語学が専門の田中ゆかり先生(日本大学教授)は「方言コスプレ」と呼んでいます。たとえば、何か決意表明をするときなんかに「〜するぜよ」などという坂本龍馬のような土佐弁の言い回しを使うとか。つまり、普段のコミュニケーションの中で大志を抱いているキャラクターを演じるために、コスプレ的に方言を使っている、というわけです。
酒井先生:こうしたコスプレ的な方言の使われ方が広がったのには、携帯メールやLINEといったネット上のコミュニケーションの発達と関係があるようです。普段、家族や目上の人と話しているときには使わないんだけども、仲のいい友人とかとLINEやメール、SNS上でコミュニケーションをとるときに使う。
実は、甲南女子大学でも学園創立100周年記念に公式LINEスタンプをリリースしたのですが、その中にも関西弁を使ったスタンプがあります。
甲南女子大学公式LINEスタンプの詳細はこちら
酒井先生:そうなんですね(笑)。田中先生も「知らんけど」の流行について、「方言コスプレの一種であり、LINEスタンプを使うようなふるまい」と語っていらっしゃいます。
同じ「関西弁」でも、
神戸・大阪・京都ではこんなに違う!
「知らんけど」のほかにも、「◯◯しか勝たん」「ワロタ」「ええんやで」「それな」「〜してもろて」なんて関西弁も若者によく使われると言われていますが、これらの言葉を酒井先生は昔から聞いてきた印象はありますか?
酒井先生:「◯◯しか勝たん」は、今年になって初めて学生が使っているのを耳にして「なんじゃそれ?」となりました(笑)。「それはどういう意味なの?」と訊いてみたんですが、本人もなんとなく使っている感じで。
たしかに、関西弁というよりも推し活で使われるオタク用語やネット用語の意味合いのほうが強いのかもしれませんね。
酒井先生:ただ、今挙げてもらった言葉の語形は、言語的には全部、関西方言の特徴が要素としてあるものです。「ワロタ」(笑うた)や「〜してもろて」にしてみても、「笑った」「〜してもらって」といったように標準語の「っ」という促音便(※)ではなく、語中や語尾の音が「ウ」の音になる「ウ音便」になっています。
※促音便
発音しやすくするために、語中の音が促音(「っ」(小さいつ))に変わる現象。
なるほど。では、関西弁が全国区になってきている中で、逆に関西弁に変化はあるのでしょうか?
酒井先生:そうですね。アクセントやイントネーションは関西弁なんですけど、僕の世代に比べると、方言の要素が薄まってきている印象はあります。
関西弁の要素が薄まっている……?
酒井先生:たとえば、「行く」の否定の場合、関西では「行かない」「行かん」「行かへん」などを使いますが、標準語の「行かない」を使っている割合が多くなっている気がします。もちろん、「行かへん」をやめて「行かない」だけになるという現象が起きているわけではないんですよ。標準語に置き換わりはしないという意味では、やっぱり関西弁の力は強いと思います。その理由は、全国と比較しても、関西では自分の地域の方言に愛着を持っている人の割合が高いからなのかもしれません。
関西人は東京に行っても関西弁を使い続けるという話をよく聞きますが、そこには地元愛が関係しているんですね。ところで、関西地方というと、一般的には大阪、京都、兵庫、奈良、和歌山、滋賀になると思うのですが、この中でも言葉には違いがありますよね。
酒井先生:ありますね。さらに、同じ県(府)の中でも違ってきます。方言の違いは、旧国名の地域の違いで分かれるのが一般的です。たとえば兵庫県だと摂津播磨と丹波、但馬では全然違いますし、大阪だと摂津、河内、泉南で違いがあります。
神戸弁というものもあるんですか?
酒井先生:ありますよ。たとえば、「食べている」の言い方が、大阪では「食べてる」ですが、神戸では「食べとる」になります。
言われてみれば、そうかもしれない……!
酒井先生:「〜とる」という言い方自体は大阪でも使うんですけど、ちょっと意味が違うんですね。大阪では、ニュートラルな意味で「何をしているのか」というときに「〜とる」は使わない。今何をしているのか、現在進行形でやっているときには、大阪は「〜てる」を使う。一方、京都は「〜てはる」となります。
酒井先生:「来ない」という言い方も、大阪だと「けえへん」、京都だと「きいひん」、神戸は「こうへん」といった具合に違います。関西の若年層ではこの「こうへん」に加えて、新たに「こやん」という言い方が見られます。「こやん」は、奈良や和歌山から大阪に入って、大阪から神戸に広がっている言い方ですね。
一口に関西弁と言っても、そんなに細かく違うんですね!
酒井先生:そうなんです。「いったい何をしているのか」というのを尋ねるとき、大阪の人は「何してんねん」、神戸の人は「何しとん」、京都の人は「何してはるの」になります。京都の場合は、敬語表現の「〜はる」を目上の人だけではなく、その場にいない人にもほぼ一律でつけます。相手が泥棒でも「泥棒が入らはった」と言う。
泥棒にも敬語を使うんですね(笑)。
酒井先生:京都と大阪の違いは、なかなかややこしいんです。たとえば、「この本、読む?」と訊かれたとき、単純に興味がなくて断るような場合、京都では「読まへん」と言いますが、大阪では「読めへん」と言います。一方、部屋が暗いなどの理由で本を読むことができないというような、状況的にそれをすることが不可能だという意味の場合、大阪は「読まれへん」と言いますが、京都は「読めへん」と言うんですね。
つまり、大阪の人は興味がなくて「その本は読めへん」と断ったつもりでも、京都の人からすれば「物理的に読めないんだな」と捉えてしまうというわけですか。……ややこしい!
酒井先生:そうなんです。どんどんコミュニケーションギャップが埋まらないまま会話が進む可能性がありますよね(笑)。
自分とは違う地域の方言を知ることは、
自分をもっと深く知ることにもつながる
先ほど酒井先生は「自分たちの世代と比べて関西弁の要素が薄まってきている」とおっしゃっていましたよね。そのように言葉が画一的になって方言が廃れていくような中で、「知らんけど」のように方言に注目が集まることには、どんな意義があると考えますか?
酒井先生:実は90年代のバブルがはじける前後ぐらいから、方言に注目したり、方言を見直そうという動きが全国的に見られたんです。それまでは「なまっているのは恥ずかしい」といったようなマイナスのイメージが強かったのですが、この時期からプラスの方向に変わっていった。「方言は恥ずかしいものなんかではなく、むしろ生まれ育った土地の良さなんだ」といったように、方言によって自分たちのアイデンティティを確認するとともに、その良さを発信するためのツールとして方言が活用されるようになったんです。「方言コスプレ」というのも、その延長線上にある流れだと考えられています。
酒井先生:今のように若い世代で流行になっているという現象は多面的・多層的な要因があるものですから一言で意義を語ることはできませんが、関西弁のブームを通して方言に注目が集まり、全国的に認識されるという意味では、良いことなのかもしれませんね。
若い人たちに方言の魅力を伝えるとすれば、酒井先生はどういうふうにお話しになりますか?
酒井先生:そうですねえ。自分の出身地のものとは違う方言を知ることは、自分について見直すことでもあります。自分が普段使っている言葉と、何がどう違うのか、なぜ違うのか。それを考えることは、自分とは違う人を知ろうとすること。方言を入り口にして、自分の無意識の行為を見つめ直すことや、自分の考えや思いを知ること、そして他者を知るということができます。それは、方言を知ることのとても面白い点だと思います。
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※記事に記されている所属・役職等は取材時のものです。既に転出・退職している教員、卒業している学生が掲載されている場合があります。
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