みなさんは今までに読んだ絵本を覚えていますか? 好きだった絵本を思い出すと、ストーリーだけでなくそのときの情景も一緒によみがえってくるから不思議ですよね。
甲南女子大学の総合子ども学科では、保育を学ぶ学生たちに「絵本をもっと身近に感じてもらいたい」という思いから、コモンルーム内に「絵本ルーム」を設置。絵本だけで約9000冊(2023年7月時点)もあるそうで、懐かしい定番の絵本から最近のものまであらゆる絵本が勢ぞろい。
そんなたくさんある絵本の楽しみ方を、ひときわ“絵本愛”にあふれた西尾新先生と髙原佳江先生にたっぷりと語っていただきました。
絵本には子どもたちの成長につながる
ファクターが詰まっている!?
西尾先生が着てらっしゃるTシャツはもしかして……?
西尾先生:ふふふ。今日は『からすのパンやさん』(作・絵:かこさとし/出版社:偕成社)のTシャツです。コロナ禍のときにオンラインで授業をしていて、学生たちとのコミュニケーションになればと思っていろんな絵本のTシャツを着るようになったんです(笑)。
学生さんたちの反応はいかがでしたか?
西尾先生:「懐かしい!」と言ってタイトルを当ててくれますね。だんだん難易度を上げていって、「これは知らんだろう」というような絵本Tシャツを着たりして楽しんでいます。
本日お邪魔している「絵本ルーム」は壁一面に絵本があって壮観ですね。
西尾先生:絵本の体験を学生たちにたくさんしてもらいたいと考えて、元は200冊くらいだったのを総合子ども学科の学生と教員で選定して9000冊まで増やしたんですよ。絵本は大学図書館にもありますが、やっぱり自分たちが普段いる場所の近くにあるほうがいいですからね。「あの絵本、どんな内容やったかな」といったときに、さっと取り出せるのは大事です。
総合子ども学科では、絵本を重視されているんですね。
西尾先生:幼い頃に絵本に触れるという体験は、一言ではいえないくらい子どもの成長に影響がありますからね。何よりも「言葉に触れる」ことが大きい。たくさんの言葉に触れてきた子とそうでない子では、小学校に入る前に使える語彙数に大きな開きが出て、それが入学後の学習にも影響してきます。
西尾先生:また、絵本に限らず物語に触れることは想像することにつながります。心理学では「表象を動かす」と言いますが、想像するという経験を重ねると、例えば算数の「お兄さんがリンゴ3個、弟がリンゴ2個持っています。合わせて何個でしょう?」みたいな文章問題でも状況をイメージしやすくなり、問題を解く助けになります。
物事をイメージする力が身につくんですね。髙原先生は、絵本が子どもの成長にどのような影響を与えると思いますか?
髙原先生:幼いうちは、誰かと一緒に絵本を読んだり読んでもらったりすることになりますよね。その誰かに読んでもらったときの声や温もり、そして抱いた幸福感や安心感を子どもは記憶していくと思うんです。そういった記憶は、子どもが他者との関わりや新たな世界に踏み出して行く勇気に繋がっていくのではないかと思います。
子どもに絵本を読むときのコツやアドバイスはありますか?
西尾先生:私たち人間は、物語を理解する力を持って生まれてきていると思っています。例えば生後6ヶ月の時点で善悪や正義を理解しているという研究結果もあります。だから、「まだ子どもだから、これくらいでいいだろう」みたいな考えで絵本を選んだり読み方をしたり、子どもだましみたいなことはしないでほしいですね。
髙原先生:絵本を介して誰かと一緒に時間を過ごして、その楽しさを分かち合う経験をすることが重要だと思っています。それは親と1対1でも、集団での読み聞かせでも変わることがない大事な経験になります。だから、子どもに絵本を読むときは、一緒に楽しむ気持ちを大事にしてほしいです。
大人になってから読む絵本には
子どもの頃とは違ったときめきが!
絵本は子どもはもちろん、大人が読んでも楽しめるものも多いですよね。本日は何冊かお持ちいただきましたが、先生はどんな絵本が好きですか?
西尾先生:この『やっぱりおおかみ』(作・絵:ささきまき/出版社:福音館書店)は、僕が小学生のときに初めて読んで、衝撃を受けたんです。何がっていうと、ハッピーエンドで終わらないんです。1人ぼっちのおおかみが仲間を探すところから始まって、お墓で寝ているとお化けが1匹出てくるんですね。これを見ると「ああ、お化けも1人だな」と思うのですが、次のページではお化けにも仲間がいるんですよ。このシーンはなかなかショックでした。
西尾先生:そして最後は屋上にやってきて、気球に乗ってどこかへ行くのかなと思わせながら、
「やっぱりおれはおおかみだもんな。おおかみとしていきるしかないよ」
と言って、気球を切り離してその場に残るんです。
「そうおもうと なんだかふしぎにゆかいなきもちになってきました」
で終わる。何の解決にもなってない、何も変わってない。「めでたし、めでたし」で終わっていないというのが衝撃でした。
それまで見てきた楽しい絵本とは違っていたんですね。
西尾先生:そうなんです。これを読んだとき「ええ? 何?」となって、本当に宙ぶらりんで置いていかれた感じがしました。だけど、そのときに「自分もおおかみだ」と思ったんですね。別に不幸な子ども時代ではなかったんですけど、「1人でも生きていくんだ」と、少し勇気づけられたというか。
まさに西尾少年に大きな影響を与えた絵本なんですね!
西尾先生:あと、大人になってから気づいたんですが、お墓のシーンの墓石の名前にエルヴィス・プレスリー、ジョン・レノン、ボブ・ディランなど、世界的に有名なミュージシャンの名前が書いてあるんです。子どもの頃に繰り返し読んでいた絵本でも、ふと読み返したときに新たな発見があるのは絵本の楽しいところですね。
髙原先生は、大人になってから新しく発見のあった絵本はありますか?
髙原先生:『かいじゅうたちのいるところ』(作・絵:モーリス・センダック/訳:じんぐうてるお/出版社:冨山房)ですね。大人になってから読み返してみると、レイアウトが面白いことに気づいたんです。実はこの絵本は子どもの頃は苦手で、あまり読んでいませんでした。絵や色合いがどこか怖くて、特に夜にはもう絶対触りたくないような(笑)。
緻密で素敵な装丁ですが、確かに子どもにとっては怖いかもしれません(笑)。
髙原先生:話の内容としては、主人公のマックス少年がオオカミのぬいぐるみを着て大暴れし、お母さんに怒られて寝室に閉じ込められてしまうんですね。そのうちに寝室がどんどん森になっていって、マックスはそこに運ばれてきた船に乗って“かいじゅうたちのいるところ”に行ってしまいます。でも次第にさみしくなって、“かいじゅうたちのいるところ”を出て寝室に帰るという話です。
最初の寝室にいるシーンではページのサイズに対して絵が小さくて、余白が大きいんですが、ファンタジーの世界(=“かいじゅうたちのいるところ”)に行くにつれて絵が大きくなり、また現実(=寝室)に戻ってくるにつれて小さくなるという表現が非常に素晴らしいなあと大人になってから気づきました。
本当だ……! 確かにこれは子どもの頃には気づきにくいですね。
髙原先生:また、この絵本では表紙に主人公マックスが描かれていないんですよ。なぜかを考えてみると、表紙は“かいじゅうたちのいるところ”を描いていて、“かいじゅうたちのいるところ”はマックスの心のなかを表しているのではないかと。だから、表紙にマックス自身は描かれていなかった。自分なりにそういう解釈ができたときに「ああ、よく出来た絵本だな」と思って、受け取り方が変わりました。
あれ、西尾先生の前にも同じ絵本がありますね。
西尾先生:実は僕も持ってきていて(笑)。僕は大人になってから、表紙のこのかいじゅうだけどうして裸足というか、人間の足なんだろう? と気になりました。絵本のなかで、マックスをおんぶしたり一番近いところで眠っているのがこの裸足のかいじゅうなんですよ。その理由を考えたときに、これはきっとマックスのお父さんだと思ったんです。
西尾先生:男の子の持っている野生みたいなものを、すでに経験してきたお父さんが、この森でマックスを待っていた。そして野生を開放しているマックスと一緒に遊んで、マックスがまた人間の世界に帰る手助けをする。そんなお父さんを表しているのではないかと考えました。
同じ絵本でも、見る人によっていろんな気づきがあるんですね。
西尾先生:あと、この本に出てくる月の満ち欠けも計算したんですよ、太陰暦で。作者が何も考えずに描いているはずはないと思って。
髙原先生:ええ、すごい……! さすが西尾先生!
西尾先生:月の満ち欠けを計算すると、行って帰ってくるのに2年と2日かかっているんです。絵本のなかでは数時間の話なんですけど、マックスのファンタジーの世界では2年にわたる話なんです。その年数が、絵本のなかの世界では月の満ち欠けとして表現されている。そこも面白いなあと思って。
髙原先生:これからは私もそこまでチェックします(笑)。
絵本は自分や社会を見つめ直す
きっかけになる
近年は「大人の絵本ブーム」という言葉も耳にしますが、大人が絵本を読むことにはどんな意味があると思われますか?
西尾先生:大人が絵本を読んで「ほっこりした」とか「癒された」とか「童心にかえった」とか、そういう側面もあるのかもしれないけど、そういう類のものは僕としてはあまり好きではなくって(笑)。ではなぜ絵本を読むのかというと、考える材料としてです。いわゆる書籍を読むのと同じです。ただ、本を読むよりも、絵本の方がとっつきやすいというのはありますよね。
なるほど。大人におすすめの絵本はありますか?
西尾先生:画家の奈良美智さんの『ベイビーレボリューション』(文:浅井健一/絵:奈良美智/出版社:クレヨンハウス)という赤ちゃんが平和行進する絵本がありますが、これなんかは今まさに大人に読んでほしい絵本です。
「30おくの ベイビーが ひたすら はいはいしていく みんなの にくしみ けしてく ベイビーレボリューション!」
「たったひとりの ベイビーが」
今こそ、みんなこれを読め! と(笑)。
確かに絵本を介して社会のことを考えるきっかけになりますね。髙原先生はいかがでしょうか?
髙原先生:私がご紹介したいのは、『ぼちぼちいこか』(作:マイク・セイラー/絵:ロバート・グロスマン/訳:今江祥智/出版社:偕成社)で、先ほど西尾先生があまり好きではないとおっしゃったほっこり系です(笑)。
正直に言うと、初めて読んだときには私も同じように思いましたが、特に大学3、4年生の学生と一緒にこの絵本を読むと、“響く”ように見える学生が割といることに気づきました。みんな意外と疲れているというか、頑張りすぎているんですね。学生に何か感じたり受け取ったりするものがあるのであればたまにはこういう絵本を読むのもいいかなと、考え方を変えるきっかけになりました。この絵のタッチや色合いと関西弁の文章の組み合わせが、私は好きですね。
頑張りすぎず、ぼちぼちやる。大切なことですね。では、子どもと大人のあいだにいる、中高生くらいの年代におすすめの絵本はありますか?
髙原先生:『ルリユールおじさん』(作・絵:いせひでこ/出版社:講談社)という絵本がおすすめです。パリに住む少女ソフィーが大事にしている植物図鑑が壊れてしまって、壊れた本を直してくれるルリユールという製本職人のところへ行くんです。この絵本では、製本に必要な60の工程が丁寧に描かれていて、最後に「ソフィーの木たち」と金色の文字で新しく図鑑に名前が入れられて完成するんですね。
髙原先生:壊れた図鑑を大切にしようという本への愛情と、職人さんの誇り高さが絵に丁寧に書かれていて、図鑑が修理されたときのソフィーの幸せな感じがこちらにも伝わってきて、優しい時間が紡がれている絵本だなと思うんです。最後にソフィーが植物学者になったところで終わるんですけど、好きなことをとことん突き詰めていくことの大切さが描かれていますし、自分は何が好きなのかを見つめ直すきっかけにもなると思います。非常に読後感が充実した、読み応えがある絵本です。
絵本作りで
絵本と自分をより理解する
素敵な絵本をたくさんご紹介いただきありがとうございます。授業ではどのように絵本を取り入れていますか?
髙原先生:いろいろあるのですが、たとえば絵本紹介を作っています。それから、保育指導案作りにも絵本を取り入れています。
西尾先生:僕の場合は1年生か2年生のゼミで、絵本作家の長谷川集平さんが書いた『絵本づくりトレーニング』(作:長谷川集平/出版社:筑摩書房)という本を参考にして絵本を作ることがあります。いろんな丸を書いた紙を数枚用意して、そのうちの1枚だけ他の人と交換するんです。そこに真っ白のページを1枚加えてシャッフルし、折って出た順番で絵本の物語を作るという授業です。
絵本のなかに作者(学生)が持っている見方、考え方、その学生自身みたいなものが出てきてすごく面白いなあと。完成したあとみんなで見せ合うことで、学生同士のコミュニケーションにもなっていますね。
髙原先生:西尾先生とは違う方法ですが、絵本作りは私も2年生のゼミでやっています。学生たちからも自分が作った絵本を子どもたちに読んでみたいという声があがって、保育実習や幼稚園実習で使えるものを作るという前提で取り組むようになりました。子どもは絵本が好きなので、絵本を作る技術を身につけておくと保育の場でも役立ちますし、実際に作ることで絵本という媒体をより深く理解できるようになると考えています。
作るのも見るのも面白そうな授業ですね! 本日楽しくお話しいただいたおかげで、子どもも大人も夢中になる絵本の魅力がすごく伝わりました。ありがとうございました!
人間科学部 総合子ども学科についてはこちら(大学公式サイトへ)
※記事に記されている所属・役職等は取材時のものです。既に転出・退職している教員、卒業している学生が掲載されている場合があります。
Another voice
15いくつになっても絵本が大好き