大谷翔平選手の大活躍をはじめ、サッカーや野球、ラグビー、バレーボールなど、スポーツの話題に沸いた2023年。でも、スポーツは「する」や「観る」だけのものではありません。スポーツを「研究」することで、その面白さや味わい方はどんどん深まっていきます。
そこで今回は、甲南女子大学でスポーツにかかわる研究をしている4人の先生に、スポーツがどんなふうに「学問」になるのか、そこから見えてくるスポーツの楽しみ方についてインタビュー。社会学、発達心理学、理学療法、レクリエーション論……さまざまな切り口から、スポーツについて語っていただきました。
#case1/スポーツ社会学
柏原全孝先生
「スポーツが好き」の気持ちが
捉え方しだいで
研究テーマになる
甲南女子大学の文化社会学科では、ジェンダー、家族、メディア、ファッション、音楽など、身近な物事や文化すべてを学びの対象としていますが、スポーツもそのうちのひとつ。柏原先生は、専門がスポーツ社会学なのですね。
柏原先生:はい。たとえば、「トレーニングの場面でコーチと選手のコミュニケーションはどのようにして成り立っているのか」というのを調査・研究するのもスポーツ社会学ですし、「阪神タイガースの応援の変容」といったテーマもスポーツ社会学と言えますね。
体育学的なものから文化的なものまで、扱われるテーマが幅広いんですね。柏原先生が最近の研究テーマにしているのは、どんなものなんでしょう?
柏原先生:近年は、スポーツ競技において判定を補助するテクノロジーがどのように使われ、選手たちやファンたちがそれをどのように受け止めているのかを研究しています。いまではプロテニスやバレーボール、柔道など、さまざまなスポーツ競技でビデオ判定が導入されていますよね。このビデオ判定について、基本的にはどの競技のファンもテクノロジーの導入に肯定的なのですが、サッカーの場合は他競技と比較すると、ネガティブな反応が多い傾向があると言われています。
え! ビデオ判定は誤判定を防ぐものなのに、どうしてなんでしょう?
柏原先生:もちろんファンによって温度差はあって、熱心なファンほどあまり歓迎しないという傾向があるようです。少なくとも、そうした人たちにとってはテクノロジーの導入が試合の魅力を増すものにはなっていないと言えるでしょう。
ビデオ判定への反応からスポーツ競技による違いが出てくるなんて、面白いですね。「スポーツ社会学」と一言で言われると狭い領域であるような気がしますが、研究対象が無限に出てきそう!
柏原先生:そうですね。たとえば、昨年の僕のゼミにいた学生は「女性のラグビーファン」を卒業論文のテーマに選び、女性ファンの獲得を狙っているクラブチームやベテランの女性ファンの人たちにインタビューを実施するなどの調査をおこなっていました。
あと、やはり甲南女子大学がある兵庫県には阪神甲子園球場があるので、高校野球が好きな学生も多いし、甲子園でアルバイトをしている学生も多くいますね。
甲子園は「野球の聖地」ですし、研究テーマのもとになるものがたくさんありそうですよね。
柏原先生:でも、野球観戦に甲子園によく行っている子でも、自分の好きなものが研究テーマになるとは思っていなかったりするんです。そんなときは「こんなふうに考えてみたら?」「こんな疑問もあるよ」といったふうにアドバイスするなどして、テーマを見つけるアシストをしています。社会学は「単に好きなもの」でも研究テーマとして掘り下げることができる学問ですから。
いまは、スポーツ自体が社会のなかで占める比重が大きくなっていますし、経済的にも大きなものになっています。今後はますますスポーツが、いろんな研究テーマに繋がっていくんだろうと思います。
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#case2/スポーツ心理学
梅﨑高行先生
スポーツが苦手な子も、得意な子も
一緒に遊べる環境が
子どもの発達を支える
まず、梅﨑先生の専門分野や研究テーマについて教えてください。
梅﨑先生:専門は発達心理学です。親や保育士や教師、友だちとのかかわりが、スポーツを通した子どもの発達にどのように影響しているかを研究しています。僕自身はサッカーのコーチをしているのですが、スポーツをしている子どもとご家族のご協力を得て、変化を継続的にフォローアップしていく調査もおこなっています。
スポーツをする子どもたちを調査してきた梅﨑先生から見て、子どものころからスポーツに親しむことにはどんな意味があるのでしょうか。
梅﨑先生:保育所や幼稚園でたくさん運動遊びに親しむことによって、その後の社会に適応しやすくなるという知見は出ていますね。そうしたデータからは、みんなで一緒に遊ぶにはどうすればいいだろうと考え、子どもたちを巻き込んでいくような先生の姿が浮かび上がってきます。そういった先生のもとでたくさん遊んだ子どもたちは、けっして運動が得意ではなかったとしても、確実に社会に適応する力を育んでいく傾向が見られます。
運動が得意でない子も得意な子も、一緒にみんなで楽しめる環境づくりが大事なんですね。
梅﨑先生:はい。そうした環境をつくってあげられる可能性を持つのが、保育者や教師だと思うんです。僕が教えている総合子ども学科では、小学校や幼稚園の教諭、保育士を目指している学生たちがいますが、みんながみんな、これまで積極的にスポーツに親しんできたわけではありません。でも、たとえそうであったとしても、みんなが子どもと一緒に楽しく遊んだら、それが子どもを育てることに直結するんだよ、ということは伝えています。
じつは、僕がいま興味をもって研究を進めようとしている対象に「不器用な子ども」という存在があります。『アメトーーク!』という番組の「運動神経悪い芸人」という企画はわかりますか?
あの、バスケットボールでドリブルがうまくできなかったりするような、運動が苦手な芸人さんがたくさん出てくる企画ですよね。
梅﨑先生:さすがにバラエティ番組的に脚色されたものだとは思っているんですが(苦笑)、ただ、あんな風に「不器用な子ども」は現実にいますよね。。ハードルがうまく飛び越せなかったり、ボールを投げても見当違いの方向に飛んでいっちゃったり。そんな風に、できないことがあるのは当然で、それ自体は何でもないのだけれど、問題は、うまくできないことを友だちに笑われてしまったり、チームをつくるときに敬遠されてしまうということが起こること。その結果、自尊心が低下し、運動が嫌いになり、スポーツに親しむ機会を自ら放棄してしまうようになる。それは、社会に適応していく学びの機会を、一つ放棄してしまうこととイコールだと思うんです。
ああ、すごくよくわかります……。
梅﨑先生:だから、子どもの発達を支えるという意味において、スポーツが苦手でも体を動かすことの楽しさを感じられたり、得意な子どもと苦手な子どもが一緒に楽しめる土壌や雰囲気をつくることができる先生や指導者の存在は、かなり重要だと思うんですよね。
いま教えている学生たちが将来、子どもたちを指導する立場になったとき、僕は直接的に保育や教育を支えられるわけではないけれど、こうした知見を伝えることが役立ってくれたら、と思うんです。そしてこれからも、僕は研究者として知見を蓄積し、保育や教育の現場で活用してもらえるようにしていく。そんなふうに学生の皆さんを、卒業後も支えていけたらと思っています。
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#case3/スポーツ医学・理学療法学
伊藤浩充先生
スポーツの根源にある
「動作の楽しみ」を支えるのが
理学療法士の仕事
伊藤先生は理学療法士であり、ケガなどで傷害を負ったアスリートのためのリハビリテーション(アスレティックリハビリテーション)にも精通していると聞きました。一般的な理学療法と、スポーツ分野の理学療法というのは、どんな違いがあるのでしょうか?
伊藤先生:まず、理学療法というのは、病気やけが、障害、加齢、手術などによって運動機能が低下した方に対して、起き上がったり、座ったり、立ち上がったり、歩いたりといった基本的な動作の改善・回復のためにおこなう療法です。
その領域はとても広くて、整形外科系なら運動器理学療法、心臓・循環器系なら心血管理学療法、子どもなら小児理学療法など多岐にわたりますが、スポーツ理学療法というのは、そうした分野のひとつ。スポーツをしている人がけがなどをしたとき、再びスポーツができる身体にするのが仕事です。
スポーツ理学療法は、たくさんある理学療法の分野のひとつなんですね。
伊藤先生:スポーツをする人というのは、日常の動作とは違う動きをしますよね。しかも、野球選手の動作、ラグビー選手の動作、テニス選手の動作……競技によって動作は異なってきます。スポーツ理学療法では、日常生活の動作にプラスして、それぞれのスポーツ競技に合わせた動作の回復・改善を目指します。さらに、けがの原因となる動作を見直すなど、予防につなげることも考えながら治療にあたります。つまり、原因を追求し、パフォーマンスを上げるということです。
お話を聞いているだけで専門性が高くて大変そうなお仕事ですが、一緒にパフォーマンスの向上を目指すなんて、スポーツ好きなら憧れてしまう職業ですよね。
伊藤先生:でも、スポーツ分野に特化するにしても、重要なのは理学療法士としての医療知識と技術です。起きたり座ったり歩いたりといった基本動作の回復がないままスポーツはできませんし、選手が心臓病や糖尿病などの病気を抱えている場合もあるでしょう。そうした、さまざまなリスク管理もできなくてはいけませんから。
なるほど……! 伊藤先生は理学療法士としてプロアスリートのサポートにも携わってきたそうですが、伊藤先生は「スポーツ」をどんなふうに捉えていますか?
伊藤先生:身体を使って楽しむもの、でしょうか。スポーツを語るときって、「相手チームと戦う」とか「自分との戦い」とか、「戦う」という言葉がよく出てきますよね。勝敗や順位を競い合うものですから、戦いというキーワードが出てくるのは必然なのかもしれませんが、僕自身は基本的にスポーツは楽しめないといけないと思っています。今年の夏の甲子園で優勝した慶應義塾高等学校の野球部じゃないけれど、まずはエンジョイしないと。スポーツをすること自体を楽しむという。
伊藤先生:そして、スポーツの楽しさの根底には「動作の楽しみ」があると思うんですね。たとえば「サッカーをやってみたい」と思うとき、最初にあるのはボールを蹴ってみたい、ドリブルしてみたい、シュートを決めてみたいという動作への興味ではないかなと思うんです。そうした楽しみを支えるのが、僕らの仕事でもあるわけです。
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#case4/レクリエーションスポーツ
山本 存先生
学生たちと一緒に考えた、
新しいスポーツを体験できる
VRコンテンツ
山本先生は体育科のご出身なんですね。
山本先生:はい。大学は東京学芸大学の教育学部A類保健体育科というところで、WBCで日本代表監督を務めた栗山英樹さんは同じ学科の1つ下の後輩なんですよ。
今年、日本代表を優勝に導いた、あの栗山監督ですか? それはすごい!
山本先生:といっても、僕は野球ではなく最初は剣道をやっていて、そのあとは弓道部に入ったもののサーフィンやダイビングをはじめるようになり、いまではヨットに行き着いています。
振り幅がすごい(笑)。そんな山本先生の研究テーマのひとつが「レクリエーションスポーツ」だと聞きましたが、レクリエーションスポーツというのは、どういうものなんですか?
山本先生:身体や精神、生活を活性化させるためにおこなうのがレクリエーション活動なんですが、言ってみれば、自分が楽しいと思えるような活動はすべてレクリエーション活動。楽しみ方は音楽やダンス、キャンプなどいろいろありますが、そのひとつにスポーツがあるんですね。
また、僕が教えている生活環境学科で取得することができる資格のひとつに「スポーツ・レクリエーション指導者」というものがありますが、これはスポーツに慣れ親しんでこなかった「スポーツ未実施者」の人たちに身体を動かすことの楽しさを知ってもらったり、健康への意識や関心を高めたりする指導者のことです。
たとえば、授業ではどんなことをしているのでしょう?
山本先生:いまはちょっと面白い取り組みをしていて、VRで誰でも運動が体験できる新しいゲームを学生たちと考えて、YouTubeにVR動画をアップしたりしています。学生たちがチームに分かれて、子ども向けやお年寄り向けといったように種目を考えたりね。スマホを使ったダンボール製のVRゴーグルなら安価ですし、スポーツに慣れ親しんでこなかった人でも楽しめるのではないかと。
それはユーザー側だけでなく、ゲームを考えたりつくったりする学生さんたちも楽しそうですね!
山本先生:スポーツボランティアにもどんどん行こうってことで、神戸マラソンのボランティアに参加したり。僕もマラソンに参加することがあるんですが、沿道から応援してもらうことで頑張れるんですよ。学生たちも、いろんなランナーと触れ合って、誰かを応援することの大切さや力を知ることができたと言っています。
山本先生:あと、僕のゼミでは、スポーツの新たな面白さや楽しさを体験するために、Jリーグかプロ野球の試合をスタジアムで観戦する「観るスポーツ」の授業もしています。音楽フェスと同じで、やはり現場でしか感じられない一体感や興奮がありますし、「観るスポーツ」というのもスポーツにかかわる文化のひとつですから。
山本先生の取り組みは、運動することやスポーツに対するハードルや苦手意識をぐんと下げてくれそうなものばかりですね。
山本先生:スポーツと運動は違うものではありますが、身体を動かすというのは生涯をとおして、健康の維持のためにも、心のリフレッシュやストレス解消のためにも、あるいは自己肯定感を高めるためにも、とても重要なもの。それを生活のなかに取り入れるためには、より楽しく、より面白くというのが大事なのかなと思っています。
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※記事に記されている所属・役職等は取材時のものです。既に転出・退職している教員、卒業している学生が掲載されている場合があります。
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